わたしの山日記
 
世界遺産の名峰・大峰山に登る
2004.11.13〜15 夜行1泊2日

◆投稿:宍戸 幹直様(土浦市)
大峰山は熊野三山、高野山と共に紀伊山地として、山岳霊場、参詣道および、それらをとりまく文化的景観が認められ、今年7月、世界文化遺産に登録されました。今回は大峰山の最高峰である八経ケ岳に登り、修験道の霊地を歩くことで、今までの悪行を洗い流し、少しは清い心の持ち主になれたと思うが定かではありません。晩秋の山歩きは清清しく楽しい登山ができました。
◆11月14日(日)
 昨夜のうちに出発した車は行者還トンネルを抜けた所にある登山口(1094m)には午前3時30分に着き、6時30分頃まで仮眠をとる。
 男性2名、女性3名の少人数のパーティーだ。各自朝食を済ませ、7時20分にスタート。懸念していた雨の心配もなさそうだ。登山カードを投入し、早朝のヒンヤリとした空気を肌に感じながら、沢に沿って登ってゆく。マイナスイオンを胸一杯に吸い込む。間もなく、沢とも別れ、雑木林の中の急登となる。紅葉も終わり、落ち葉を踏み締めながらの山行は足裏にいい感触を与えてくれる。シャクナゲやヒメシャラの木が多くなり、シジュウカラが我々を迎えいれてくれた。
 8時45分。奥駈道出会(1495m)に着く。晴れ間も見えてきた。5分間ゆっくりする。ここからは尾根伝いの緩やかな登りなり、遠くまで広がっている山並みを左右に見ながらの山旅は最高の贅沢か。
 
この時期になると、木々の葉が落ち、見通しがきき、眺望は一段とよくなる。やがて、苔むした倒木が沢山横たわっている樹林帯にさしかかる。林の中に差し込んだ弱い太陽の光に照らされた苔はどう表現したらいいのか、とても美しい。
 まもなく、弥山山頂に建つ山小屋が見えてきた。その左奥には八経ケ岳がある。9時40分、聖宝ノ宿跡(1555m)に着く。大阪から来たいう20人位の高校生パーティーが下山してきた。一緒に休憩する。若いエネルギーをもらい、再び山頂を目指す。ここからは急な坂道となる。晴れ間が広がってきた。弥山山頂にはトウヒの樹林帯が広がっている。濃い緑の葉をつけたトウヒと白枯れてしまったトウヒが林立する景観は独特な情景を醸し出している。
 木の階段を登りきると、弥山小屋(1885m)に着く。11時を廻っていたので昼食タイムとする。タヌキが登山者に食べ物をねだっていた。15分程ゆっくりした後、八経ケ岳(1915m)を目指す。山頂は目の前だ。30分程で着く。紀伊の山々を見渡し、記念撮影をして、登ってきた道を下山する。下りでは同じルートでも、登りとは違った光景がも目にすることができた。
 途中、小休止をし、登山口の駐車場には15時30分に着く。歩行数は23,090歩。ここから大台ケ原に向かう。山々は赤や黄に染まり、美しい紅葉を堪能できた。今夜の宿である大台荘には17時に着く。すぐに夕食で酒を酌み交わしながら、山談義に花を咲かせる。楽しい一日だった。お風呂に入り、19時には深い眠りに入る。
◆11月15日(月)
 5時30分に目を覚ます。10時間も寝てしまった。良い運動と良い酒でぐっすり眠れたのであろう。あいにくの雨の音がする。今日は大台ケ原に登るが当初の予定のコースを変更し、山頂までの往復とする。
 出発時間も遅らせ、7時に朝食をとり、雨具に身を包み7時30分スタート。山荘の横が登山口(1570m)で、整備された遊歩道を進んでゆく。トウヒの大木が生い茂っており、鹿が数匹飛び跳ねていた。20分程歩くと石段の登りとなり、されに木の階段を登りきると、大台ケ原の最高峰・日出ケ岳山頂(1695m)だ。展望台があるが、雨の為、何も見えない。同じ道を引き返し、登山口には8時45分に着く。日本百名山ではダントツに短い山登りでした。
 このまま直帰してもということで、運動から頭の体操に切り替え、奈良で歴史の勉強をすることになる。明日香村の村内を巡り、高松塚古墳を見学、橿原市に向い橿原神宮を参拝。大きな神社だ。綺麗な着物を着飾った子供さん達が七五三のお参りに来ている。
 次に今井町の古い町並みを見学する。周囲を堀でめぐらせた環濠集落で600軒のうち、500軒が町家。8軒が国の重要文化財に指定されている。親鸞が浄土真宗の普及で大和地方に来て、この集落をを拡大、改造して寺内町化してゆき、1500年頃町が整ったそうだ。戸頃さんは歴史にも詳しい。我々中高年者の体力的老化を防いでくれるだけでなく学問を勧め、ボケ防止にも力を注いでくれる。
 遅い昼食をとり、帰路につく。大変有意義な2日間でした。