わたしの山日記
 
娘を訪ねて3千里
アフリカウガンダ紀行8日間
2005.1.8(土)〜15(土) 6泊8日

◆投稿者:冨岡 正男(結城市)
冨岡氏はネイチャーツアーズ社友です
ウガンダへの旅
※ウガンダの地図はこちら

遥か地球の裏側赤道直下、アフリカの地に一人で暮らす可愛い一人娘に会うために家内と旅した8日間の旅の記録です。
娘は昨年から青年海外協力隊の一員としてアフリカに赴任し、孤軍奮闘、数学の教師としてがんばっております。可愛い娘を訪ねた遥かなるアフリカ旅行の報告です。


←赤道にて 
お股を境に左が北半球/右が南半球
◆1月 8日(土)〜9日(日)
午後3時に羽田から関空へ。エミレーツ航空の出発時間は23時。既に自宅から離れて8時間である。アフリカはまだ遠い。

飛行機はモンゴルの南、シルクロードの上空を飛び、アフガニスタンを横切り、中東のリゾート地ドバイまでの11時間の機上の人となる。

乗り継ぎの悪さの為、約10時間の待ちとなる。音楽やら読書をしてのんびりと空港で過ごす。空港全体がカーペット敷きなので、旅なれた外国人たちはバッグを枕に横になっている。

ウガンダにはケニア(ナイロビ)経由でウガンダへ。約6時間のフライトで入国することができた。空港出口では真っ黒に日焼けした可愛い愛娘が出迎えをしていてくれた。赴任前はまだ子供だったのに、彼女はもう立派大人になっている。『お父さんは嬉しいやら寂しいやら。。。』

※こんなに日焼けしても現地では日本人は白人扱いであるという。

ウガンダの首都カンパラはもう深夜。早速、娘が予約をしていてくれた市内のホテルへチェックイン。ウガンダベスト5のホテルと聞いていたがなんとシャワーが出ない。
自宅・・・(8:00)・・・関空・・・(11:00)・・・ドバイ※10時間待ち・・・(6:00)・・・カンパラ   合計35時間の旅でした。
◆1月 10日(月)
アフリカ最初の朝。寝覚めは快調だ。鳥の泣き声と日差しがアフリカを実感する。

ホテル近くの動物園に行く。さすがにアフリカといっても、どこにでも動物がいるわけではないので、動物園でまず勉強をすることにする。

ナイルワニやライオン、サイなどが広々とした園内で飼われている。なんと帰り道茨城県に住んでいたというウガンダ女性に偶然会い話しがはずむ。こんな場所で日本語が話せるウガンダ人と出会うなんて凄い偶然だと家内も驚く。青年海外協力隊員のおかげか対日感情はすこぶる良さそうだ。こういう国を世界中に増やしたいものだと思う。

夕食はナイルバーチという白身の魚と、ナイルスペシャルという地ビールをいただく。魚、ビール共にこれがうまい!!。 聞けばナイルバーチという。かの世界的に有名なハンバーガーチェーンがフィッシュバーガーの原料として使用しているという。納得。
◆1月 11日(火)
マイクロバスで移動する。
ナイル川の源流はビクトリア湖だというのでその源流を見に行く。あこがれの源流を見た後、ナイル川をゴムボートでラフティングする外国人たちを見る。凄い激流をよく下るものだと感心する。聞けば娘もやったという。「おいおいお父さん心配させるなよ」

午後バザール(市場)へ行く。インド商人から土産を買うが、帰国してみるとなんと”メイド・イン・ジャパン”ではないか。とほほ。。
◆1月 12日(水)
娘の住む村へまる1日かけて移動する。のんびりした景色が車窓を横切る。アフリカといっても緑は豊かである。

ただ、山好きの私には、「山がないのがちょっとだけものたりないかな〜」なんて。

夕方、地平線に沈む太陽を見る。憧れの風景に家内ともに感動してしまう。
◆1月 13日(木)
娘が教鞭をとる学校を訪問する。キリスト教の女学校で比較的裕福な家々の少女たちが生徒だという。
さっそく校長先生に挨拶する。

校長先生が食事をご馳走してくれというので遠慮なく家内共々ご馳走にあずかる。食後娘の住む寮を訪ねる。寮といっても小屋で、水道もない部屋である。よくぞこんなところで。。ガンバル娘に脱帽である。

学校の周囲は何もなく日がな1日、のんびり家内と命の洗濯をする。
◆1月 14日(金)
カンパラに戻る。ホテルに戻るとなんと今度はウガンダに偶然帰国中の在日本大使にお会いする。気さくな大使で、それ以降は彼の計らいで、大使の車で民芸品店やらを案内していただき、食事までご馳走になってしまう。ウガンダ良い国である。

空港でもVIP待遇であった。搭乗手続きも専用カウンターで、待合室もVIP用の場所を使用させていただき、あまりの待遇に恐縮。

大使の心遣いを最後の土産とし、娘と別れ、帰国の便に搭乗する。家内も私も無口である。
◆1月 15日(土)
帰りは乗り継ぎもよく、無事に帰国する。アフリカは遠かった。
帰国して早速、土産に買った無農薬のウガンダコーヒーをいただく。世界的にも無農薬のウガンダコーヒーは少ないため、その味と希少性を味わいながら、アフリカの太陽と娘の真っ黒に日焼けした笑顔を思い出し、家内と共に微笑んでしまう。


最後にアフリカの真珠といわれる国だけにとても好印象を受けた国でした。悪名高きアミン大統領の大虐殺事件以降、国も立ち直りを見せ、素晴らしい人々と美味しい食事に恵まれた旅でした。ウガンダの皆さんありがとう。