わたしの山日記
 
屋久島
宮之浦岳と縄文杉

2009.5.19(火)〜5.22(金) 3泊4日

◆投稿者:樫村 勝一 様
高萩より男性10人で参加した。年齢は65歳から74歳、平均年齢70歳。10人中9人はフルマラソン経験者(内1人はサブスリー達成、1人は現役トライアスロン愛好者)、また、2人はウォーキング指導者である。 平地に関しては自信あるが、山登りは2人以外は経験が少ない。そこで、トレーニングを兼ねて神峰山-高鈴山縦走(所要時間8時間)及び男体山‐月居山-袋田縦走(所要時間7時間20分)を行なって今回の宮之浦岳登山に望んだ。
◆5月 19日(火) 晴れ
薄明かりのAM4:10、ネイチァーズのバスで高萩を出発。すでに乗車した小野新町の1人と牛久市から1人をのせ7:00羽田空港着、新型インフルエンザの影響でマスク姿が多い。筑西市から参加の6人を加えた一行18人は一路鹿児島空港へ.。空港からはバスで鹿児島港に向かった。桜島がわずかに噴煙を上げて歓迎してくれた。高速船トッピー号にのって、15時待望の宮之浦港に着岸。

まずは、環境文化村センターで屋久島の地形や自然環境を学び、大型スクリーンによる空中撮影映像をみて期待に胸を膨らませた。夕食時、明日の登山のため酒は控えめにとの注意をよそに、ビールのほかに幻の芋焼酎「三岳」で前祝をする。ミネラル分をほとんど含まない超軟水がうまさの秘密とか。9時に就寝。
◆5月 20日(水) 晴れ
3:30起床、4:30ホテル出発。満天の星のなか淀川登山口へ。5:40軽くストレッチ体操して出発。露出した木の根や
人工木道を歩く。たまに巨木に出会う。樹齢1000年以上を屋久杉といい、直径1m以上が目安とか。やがて下りになり淀川小屋で朝食をとる。
急坂をのぼり、1000年の命を身近に感じながら新緑の中を歩く。ヒメシャラのつるつるした茶色い木が珍しい。
巨岩を載せた高盤岳に竪破山の太刀割石を思い起こさせる。
サクラツツジやハイノキの花がきれいだ。シャクナゲはほとんど咲いてなかったが、投石平展望台の一株は印象的だった。
翁岳分岐付近からは登りがきつくなり、時折遠くを眺めて気分をかえ、5時間30分後ついに宮之浦岳の頂に立つ。360°の眺望は種子島は勿論のこと、何回も来ている現地ガイドや戸頃氏でさえ見たことのない鹿児島本島の開聞岳をも見ることができた。写真をとり、昼食をとり、つかのまの満足感にひたり、約30分後下山する。
復路は登山口まで4時間40分、全員快調な足取りだ。登頂祝いの生ビールは身体の中にすーっと沁みこんだ。話題は、山の話から戸頃氏の海外バイクツアー、山岳トレイル、さらにマラソンデビュー予定に話が及ぶと、昔の血が蘇り、レースの苦しさ、楽しさ、完走後の満足感などで話が盛り上がり、時間の過ぎるのも忘れるほどであった。9時30分就寝
◆5月 21日(木) 曇り一時小雨
今日は待望の縄文杉とのご対面だ。5:00ホテル出発、6:10荒川登山口出発。曇り空なれど雨は降りそうもない。足は重いがトロッコの軌道枕木なので自然と前にでる。小杉谷休憩舎にて朝食(昨日と同じメニューの弁当にガッカリ)。
三代杉を通って大株歩道入口に到着。枕木に別れをつげ、ここからは本格的な登山道となる。
時折、宮之浦岳から高塚小屋を縦走して下山してくるグループとすれ違う。そして、『やあ、お疲れさま、昨日も遇いましたね』と挨拶をされた。顔を覚えていたわけではなく、お揃いの薄緑色の帽子を覚えていたためだろう。この帽子は天気も良くするらしく、初回の富士登山では快晴に恵まれ、今回は梅雨入りの予報をくつがえして晴天となった。「雨の屋久島にあいたいよー」は贅沢か。
幹周り13.8mのウイルソン株に到着。約300年前に切り倒されたという。ここまで順調に登ってきた最年長のH氏の足に痙攣が生じた。水で冷やし、テーピングをし、仲間がザックを背負って自力で最後まで歩きとおした。日頃のチームワークの賜物である。
樹齢3000年の大王杉を通って、夫婦杉が現れる。右側 (夫)の木は樹高22.9m、目通り幹周り10.9mもある巨木だ。約3mほども離れた2本の木の枝が10m程の高さで完全につながっている。
沢をわたり、急な斜面をのぼると縄文杉が目の前に現われる。幹周り16.4m、樹皮はごつごつしていて、威風堂々、圧倒的な存在感がある。5時間20分かけて登ってきた苦労が一瞬のうちに報われた。
縄文杉の少し先の広場で昼食をとる。ヤクサルとヤクシカが我々を無視してえさを食んでいる。彼らはずーっと前から縄文杉と一緒に暮らしており、日常的な行動なのだろう。ここでは人間は異邦人なのだ。我々は40分の滞在で縄文杉と別れを告げた。
下りの木道階段は踏幅が狭いので身体を横に曲げなければならず歩きずらい。大株歩道入口付近より待望(?)の雨が降りだした。傘をさして、屋久島気分を満喫して下山した。(所要時間4時間10分)
◆5月 22日(金) 曇り
リハビリの早朝散歩後、朝食。ショッピングをして宮之浦港を後にした。20:20無事高萩に到着。屋久島の自然を充分堪能した4日間であった。 おわりに、このツアーを計画して頂いた戸頃氏、幹事、気持ちよく送りだしてくれた家族、支え合い、励ましてくれた仲間、そして二日間歩き通してくれた自分自身の脚力(健康)に感謝します。
ホテル縄文の印象:私の泊まった部屋は1914年ウイルソン氏(ウイルソン株の命名者)が泊まったという由緒ある部屋で、屋久杉の一枚板をふんだん に使い、今でも杉の香りがする歴史を感じる部屋である。マスターは貴重な焼酎「三岳」を6本も譲ってくれたり、出発までのわずかな時間に、島内を展望できる場所に車で案内してくれたりしていただいた。全体的には設備が古く、風呂の湯が充分出なかったのは残念だった。